悩み 03
押して引くと、相手は好きになるのか
わざと冷たくすると相手は追いかけてくる、という定番のテクニック。
結論から言うと
根拠として使われている心理学の理論は本物。でも「恋愛でわざと冷たくする」を試した研究は1つもない。名前だけ借りられている。
恋愛工学の答え
「冷たくすると相手は自分の行動を正当化し、こちらを好きになる。」
「これだけ尽くしたのだから好きなはずだ」という自己正当化を意図的に起こさせる、という技法として語られます。認知的不協和理論が根拠として引かれます。
研究の答え
理論は本物。だが「わざと冷たくする→好意が増す」への適用は実証されていない。
認知的不協和という理論そのものは本物です。「苦労して手に入れたものほど高く評価する」という実験も本物です(Aronson & Mills, 1959)。苦労して手に入れた集団を高く評価する、という効果は確かにある。
しかし、それを「恋愛で意図的に冷たくすれば好意が増す」に接続した研究はありません。実験は集団への加入コストを扱ったもので、対人関係で一方が冷淡さを演出する状況とは条件が違います。
理論の名前だけが借りられ、結論が拡張されている典型例です。
出典:Festinger (1957) / Aronson & Mills (1959), Journal of Abnormal and Social Psychology
研究の中身
Aronson, E., & Mills, J. (1959). The effect of severity of initiation on liking for a group. Journal of Abnormal and Social Psychology, 59(2), 177–181.
何をしたか
女性の参加者を3条件に無作為に割り当てた。集団に加わる前の「通過儀礼」として、(1)何もしない、(2)軽く恥ずかしい音読、(3)強く恥ずかしい音読、を課す。そのうえで全員に、意図的につまらなく作られた同じ討論の録音を聞かせ、面白さを評価させた。
何が分かったか
重い通過儀礼を経た条件の参加者が、同じ退屈な討論をもっとも高く評価した。払ったコストと対象への評価のつじつまを合わせる方向に、認識が動いた。
どのくらいの強さか
効果は再現されてきたが、実在の集団を対象に再検討した研究では結果が一様ではない。
攻略
男性が読む場合
相手の内側で起きていること
冷たくされた相手の内側で増えるのは、好意ではなく不確実性。あなたのことを考える時間は増えるが、それは好意の強さとは別の変数。実験が示したのは「自分の意思で払ったコストを正当化する」ところまでで、他人に払わせたコストは対象外。
どう活かすか
意図的に冷たくする戦術は、根拠として引かれる実験と条件が対応していない。効いたように見えた事例は、相手が元から好意的だった可能性を排除できない。使うなら賭けだと自覚して使う。避けるほうが期待値は読みやすい。
使える場面
既読無視や返信遅延を戦術として勧められたとき。「追わせろ」と言われたとき。相手が離れかけたときに、さらに引くべきか迷ったとき。
女性が読む場合
相手の内側で起きていること
急に冷たくなった相手に執着してしまうとき、増えているのは思考の占有時間であって好意ではない可能性がある。不確実性は注意を奪う。それを「自分が本気だから」と解釈しなくてよい。
どう活かすか
相手の態度が読めない期間に判断を下さない。不確実性が高いときの「好き」は、確実性が戻ったときに残らないことがある。時間を置いて、同じ気持ちが残るかを見る。
使える場面
相手の態度が急に変わって頭から離れないとき。連絡が来ない期間に気持ちが強くなったと感じたとき。押して引く技法を受けている疑いがあるとき。
この機構自体に性差はほとんど報告されていません。違うのは置かれる状況と、社会的な台本のほうです。
「どう活かすか」「使える場面」はモデルから導かれる読み方であって、その手順の効果を検証した研究があるわけではありません。
「どう活かすか」「使える場面」はモデルから導かれる読み方であって、その手順の効果を検証した研究があるわけではありません。
議論されている点
実験は「自分の意思でコストを払って集団に加わる」状況を扱った。恋愛工学が主張するのは「相手にコストを払わせ、こちらが意図的に冷淡さを演出する」状況で、対象も集団ではなく特定の個人です。この橋を渡った研究は見当たりません。
さらに、実在の集団で通過儀礼の効果を再検討した研究があり、実験室ほど素直な結果は出ていません。
使っている理論
- 認知的不協和(社会心理学 / 認知的一貫性理論)— 自分の行動と考えが食い違うと不快になり、つじつまを合わせる方向に考えのほうが動く。恋愛の文脈でよく引かれるのは「努力の正当化」——手に入れるのに苦労したものを高く評価する働き。


note の記事
「押して引く」は、どこまで本当なのか
この話は、図解つきの読み物としても書いています。研究の中身を1本ずつ図にした版です。
noteで読む →参照している研究
- Aronson, E., & Mills, J. (1959). The effect of severity of initiation on liking for a group. Journal of Abnormal and Social Psychology, 59(2), 177–181.
- Festinger, L. (1957). A Theory of Cognitive Dissonance. Stanford University Press.
- Festinger, L., Schachter, S., & Back, K. (1950). Social Pressures in Informal Groups: A Study of Human Factors in Housing. Harper.
- Aron, A., Melinat, E., Aron, E. N., Vallone, R. D., & Bator, R. J. (1997). The experimental generation of interpersonal closeness: A procedure and some preliminary findings. Personality and Social Psychology Bulletin, 23(4), 363–377.
- Aron, A., Norman, C. C., Aron, E. N., McKenna, C., & Heyman, R. E. (2000). Couples' shared participation in novel and arousing activities and experienced relationship quality. Journal of Personality and Social Psychology, 78(2), 273–284.
- Aron, A., Aron, E. N., & Smollan, D. (1992). Inclusion of Other in the Self Scale and the structure of interpersonal closeness. Journal of Personality and Social Psychology, 63(4), 596–612.